『ノアの箱舟 〜神の恵みと契約〜』創世記6章

人間の生きる目的は何でしょうか。そんなものないのでしょうか。

 

いいえ、聖書には、天地を創造された神が、目的を持って人を造られたことが教えられています。

 

「はじめに神が天と地を創造された。」(創世記1:1)

 

「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。」(創世記1:27)

 

神は、人を「神のかたち」として創造されました。これは、人が、目に見えない神の栄光をこの地上に現す存在だということです。また、神が王であることを示す存在という意味もあります。

 

つまり、神が人を造られた目的は、「神の栄光を現し、神が王であることを示す」ことです。

 

「神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。『生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。』」(創世記1:28)

 

神は、「神のかたち」に造られた人間が、地球全体に広がることによって、この世界のすべてが神の栄光を見て、神が王であることを知り、神をあがめるようになることを望まれました。

 

しかし、人は、サタンに欺かれて、神を王として、神の命令に従うのではなく、自分を王として、自分の欲望に従って生きるようになりました。

 

神の命令を破った罪の報いとして、人は霊的に死に、肉体的にも死ぬ存在となりました。人間は増えて、広がり、地上を満たしていきましたが、それは神が望まれたような光景ではなく、神の心を痛める光景でした。なぜなら、地上が人間の悪によって暴虐で満ちていたからでした。

 

 

1、堕落した地上

 

創世記6章1〜4節には、二つのことが書かれています。一つは、神の子ら、すなわち神の民が、人の娘たち、すなわち異邦人の民の美しさに魅了されて、彼女たちと結婚していたということです。もう一つは、ネフィリム、つまり力によって人を支配する者たちがいたということです。

 

創世記5章に記されていたアダムの系図は、神の子らの系図です。カインがアベルを殺した後に、神がエバに「別の子孫」として授けてくださったセツとその子孫へと繋がっています。セツは、「正しい」(第一ヨハネ3:12)アベルの代わりの別の子孫ですから、セツの系図は神の子、あるいは神の民だと言えるでしょう。

 

しかし、神の子たちも、神の栄光を現し、王である神の命令に従うのではなく、「美しい女性と結婚したい」という欲望に従ってしまいました。それは、神の目には悪でした。「美しい女性と結婚することがなぜ悪いのか」という意見があるかもしれません。しかし、神が人を造られた目的を考えるなら、これが悪であると分かるはずです。神に背き、神を王として認めずに生きている女性と結婚することは、神の栄光を現し、神が王であることを示すという目的を達成する助けにはならないでしょう。むしろ、妻を喜ばすために、神から離れてしまう可能性が高いです。まして、「美しさ」に魅かれて結婚したのなら、なおさらです。

 

人は肉に過ぎません。土で造られて、やがて土に帰ります。アダムの寿命は930年

でしたが、神は人の寿命を120年とされました。

 

ネフィリムの存在も、神の目的に反しています。ネフィリムは、神の栄光を現し、神が王であることを示すのはなく、自分の栄光を現し、自分の名を高く上げていたからです。地上の人々は、ネフィリムの偉大さをたたえても、王である神の御名をたたえることはしなかったのでしょう。

 

神の栄光とは、神ご自身のご性質から溢れ出る輝きです。神は善です。義です。聖です。愛です。平和です。王である神の命令も、これらの神のご性質から生まれるものです。しかし、人は神に背くことによって、善や義から離れて、悪に陥っていきました。

 

「主は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。そして主は言われた。『わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人を始め、家畜や這うもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを悔やむ。』」(創世記6:5〜7)

 

神は、ご自分が創造された人を始め、人が治める対象であった家畜などの動物を、地上から消し去ることを決められました。

 

これは、アダムが創造された日から約1500年後のことです。

 

「しかし、ノアは主の心にかなっていた。」(創世記6:8)

 

 

2、神の恵みと契約

 

「ノアは正しい人で、彼の世代の中にあって全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。」(創世記6:9)

 

ノアは、当時の悪の世代の中で唯一、神とともに歩んでいた人でした。「正しい人」で「全き人であった」とは、神の目的に従って生きていたということです。つまり、神の栄光を現し、神が王であることを示すために、神の命令に従って生きていたということです。

 

もちろん、ノアも罪ある人間として、心が悪に傾いてしまう傾向を持っていたはずです。しかし、ノアは悔い改めつつ、悪を離れて、神の命令に従って生きていたのです。

 

神は、ノアに、これから人間を洪水によって滅ぼし去ることを伝え、箱舟を造り、家族と動物たちを乗せて生き残るようにと命じ、ノアと契約を結ばれました。

 

神はノアだけでなく、三人の息子たち、妻、それに息子たちの妻をも生き残るようにされました。それは、ノアの家族を通して、人間が再び増えて広がり、地を満たすためでした。

 

また、神はすべての動物をオスとメスひとつがいずつ、箱舟に入って、生き残るようにされました。それは、動物たちも、再び増えて広がり、地を満たすためでした。

 

そして、神は、洪水の期間、彼らが箱舟の中で生き残ることができるように、食べ物を集めるように命じました。

 

ノアは、すべて神が命じられたとおりに行いました。

 

つまり、ノアは、神を信じたのです。

 

「信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について神から警告を受けたときに、恐れかしこんで家族の救いのために箱舟を造り、その信仰によって世を罪ありとし、信仰による義を受け継ぐものとなりました。」(ヘブル人への手紙11:8)

 

 

3、揺るがない神の恵みとご計画

神は、目的を持って、人を「神のかたち」に創造されました。

 

人の目的は、神の栄光を現し、神が王であることを示すことです。

 

さらに言えば、その先にある神のご計画は、この目的に従って生きる人が全地を満たし、全地を支配するようになり、神の栄光が全地を満たし、神が王であることが全地に示され、神の聖なる御名があがめられることです。

 

しかし、神は、罪によって堕落した地上を見て、心を痛められ、人間と動物たちを滅ぼすことにされました。

 

けれども、神は、「女の子孫」(創世記3:15)であるノアを生かして、再び人間と動物たちが増え広がっていくようにされました。

 

神のご計画は揺るぎません。人間のどんな罪も反抗も、神のご計画を阻止することはできません。神の宣告されたとおり、人を惑わし、罪に陥らせたサタンも、やがては「女の子孫」によって滅ぼされます(創世記3:15)。神は必ず、尽きない恵みをもって、ご自分の目的を成し遂げられます。

 

神は、このすべての恵みとご計画を、前もって私たちに語ってくださっています。そして、前もって救いの契約を結んでくださっています。すべてはイエス・キリストを通して。

 

「この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました。」(ヘブル1:2)

 

「キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約の時の違反から贖い出すための死が実現して、召された者たちが、約束された永遠の資産を受け継ぐためです。」(ヘブル9:15)

 

「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架に忍び、神の御座の右に着座されたのです。」(ヘブル12:2)

 

イエス・キリストは、神のご計画のすべてを語ってくださいました。そして、十字架の上で血を流されたことによって、私たちを罪と死と滅びから救うための新しい契約の仲介者となってくださいました。キリストはよみがえり、天で神の御座の右に着いておられます。キリストはまことの神であり、まことの王なのです。

 

私たち召された者は、キリストの血による新しい契約によって、救われています。終わりの日の救いが保証されています。だから、今、「信仰の創始者であり完成者であるイエス」から目を離さず、イエスとイエスのことばを信じ続けましょう。

 

「しかり、わたしはすぐに来る」(ヨハネの黙示録22:20)、と主イエスは言われているのですから。

 

 

祈りと賛美

「永遠の契約の血による羊の大牧者、私たちの主イエスを、死者の中から導き出された平和の神が、あらゆる良いものをもって、あなたがたを整え、みこころを行わせてくださいますように。また、御前でみこころにかなうことを、イエス・キリストを通して、私たちのうちに行ってくださいますように。栄光が世々限りなくイエス・キリストにありますように。アーメン。」(ヘブル13:20〜21)

 

「もろもろの民の諸族よ、主に帰せよ。栄光と力を主に帰せよ。御名の栄光を主に帰せよ。ささげ物を携えて、御前に来たれ。聖なる装いをして、主にひれ伏せ。全地よ、主の御前におののけ。まことに、世界は堅く据えられ揺るがない。天は喜び、地は小躍りせよ。国々の間で言え。『主は王である』と。海とそこに満ちているものは、鳴りとどろけ。野とその中にあるものは、みな喜び踊れ。そのとき、森の木々も喜び歌う。主の御前で。主は必ず、地をさばくために来られる。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」(第一歴代誌16:28〜34)